「想い」をじっくりと受け手側に説明するプロセスがあるにしても、その段階に達する以前に視覚が与える情報は、何よりも速く人々の心に入り込み大きな印象を与えるのは事実であります。
自分の身体は一つですが、自分の想いは、印刷物や、映像、webなどのメディアを媒体にして自分の分身として世の中に発進してゆきます。それらのモノは自分の「想い」をゆだねて送り出されてゆくわけでありますから、その顔に絶対的な自信がなければ勝負はおぼつかないものとなるのではないでしょうか。
今は、自分の掌の上にあるだけのロゴ・マークがやがて世界中の人々が認識する存在となる可能性だってあるわけです。ただ、自分自身が全てを委ねるのに疑問が残るような質のデザインでは、おそらくうまくはいかないかもしれません。なぜなら自分の抱いている自信の無さや違和感は見事に受け手側にも伝達されてしまうからであります。
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