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スピリチュアル・デザイナー
1956年 大阪生まれ
ユニークな発想で数々のオリジナルブランドを世に送り出して来た。
幼少時の神秘体験を追求し、スピリチュアル・デザインを確立するに至る。種子島のアトリエでロゴや絵画を主とした創作活動を行い、独自のデザイン性と品質には高い評価を得ている。
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子供の時から自身に起きた体外離脱など数々の神秘体験を追体験しようと試みるうちに、その行為は絵画等のアートとしての表現に向かっていった。
やがて、「生まれてきた意味は魂を進化、向上させるための修行にある」という境地に至り、各人が純粋な気持ちで熱中できる何らかの行動(遊び)に出会う事こそが、魂を磨く修行の手段に成り得るとい
う信念を確立、それらのメッセージをアートやフアッションに込めて人々の魂に向けて発信し続けている。
1980年代初頭、精神世界とアートを研究するために渡米、カリフォルニア、フロリダを経て1982年、バリ島、カウアイ島においてのフィールドワークを始める。
1987年、魂を揺さぶる行為としてサーフィンをとりあげ、その精神世界を探究するとともに生き方のIDENTITYとしてのフアッションに興味を持ち、伝説のアンダーグラウンドブランド、Radical
Identity Outfit『ADECTO』を創始する。
1990年、精神世界とアートの更なる研究のためにスピリトアートファクトリーを設立。スピリチュアルアートの制作を本格的にスタートする。
1994年、真言密教の総本山である和歌山県高野山において密教のシンボルともいえる大乗伽藍根本大塔内で前代未聞のアート個展『魂絵道』を開催する。
2000年、精神の癒しと浄化、自然との融合を深めるために、海と山とに囲まれたパワースポットを発見し、スピリトアートファクトリーの次なる形態として、『魂絵堂』の設立に着手する。
2004年、ガベージ・ファクトリーを著す。
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スピリチュアル・デザイナー中島修一 - 誕生秘話
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19才のある春の日、彼は、不思議な体験をする。
いわゆる体外離脱と言われている現象である。
その後も繰り返し起きる神秘的な体験。その中で垣間見せられた数々のビジョン。そのビジョンの強烈な印象は、やがて彼の人生に大きな影響を与え始める。つまり、それらの体験は、彼に魂の目覚め
を促したのだ。生まれてきた意味、人生においてめざすべきもの、死後の世界、天国や地獄の意味。
それらを一瞬、まぶしさの中で見たような気がした。
しかし、それらの記憶をつなぎとめておくことは決して容易ではなかった。光に包まれたような感覚は、時間の経過と共にぼやけてゆく。記憶を辿り体験を人に伝えようともしてみたが、理解を得ることは
できず、わけのわからない虚無感に苛まれる日々が続いた。そんなある時、彼は突き動かされるように絵筆をとる。まるで、絵日記をつけるがごとくビジョンの残像を絵画として表現することを始めたのである。
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中島修一が語る ShuNakajimaの世界
『魂絵道』 |
私は絵描きである。ところが絵描きを志望してそうなったわけではない。自分自身を突き動かす衝動に身をまかせていたら自然にそうなってきたのだ。その衝動は、感動から来ている。旅の中で自分が魅せられた神秘的な感動である。ただ私の場合、その旅が通常の旅ではなくて内面宇宙への旅であったのだ。
肉体の帰属する日常から離脱し、別の世界へと旅立つ。もはや肉体は消え去り、いまや残存する感覚と意志を含んだエナジー体となった私は時間も距離も無いような次元を漂い始め、魂の目が万華鏡のよう
にまわりに展開していく様々な情景をとらえていく。
旅から帰った私は、見て来たものを反芻し思い出に浸る。そうすることによって、その時の神秘的な感覚までもが甦ってくるのだ。できることなら、いつまでもその感覚の中に浸っていたいとさえ思う。しかし、それらは「ふっ」と風に乗って漂ってきた一瞬の放香のようで、つなぎ止めておくことはできない。確かに垣間見たはずのあまりに魅力的な情景さえも淡雪のように記憶から消えていく。
そこで私はいつしか絵日記をつけるように魂の旅で見たものを絵画として描くことを始めていた。魂の目がとらえたものを肉体の目を透してキャンバスに投影し再現してゆく。そのようにして出来上がっ
た作品は、はたして私を再度あの時の感覚へと連れ去るに充分な力を持っていたのである。そして、計らずもそれらの作品が秘めていたもう一つの力の存在にやがて気付くことになる。
その力とは端的に言うなら、人々の魂の目覚めを促す力である。人間は総じて肉体と魂の合体したものであり全ての人々に魂が存在する。ただ現代において人間の魂は物質世界の影に押し込められ忘れられ
がちだ。例えて言うなら、持ち主が道具を使うのではなく、道具のために持ち主が動くというような状態となっているのだ。しかし、それらの魂も決して死んだわけではなく、しっかりと魂の記憶と使命を抱いて眠っているだけなのだ。だから、魂の世界から持ち帰った絵と出会った時、魂はバイブレーションを感じて共振を起こし眠りから目覚めようとする。それは、鳴っている音叉を鳴っていない音叉に近付けると鳴り始める現象とよく似ている。そうして、目覚め始めた個々の魂は私の絵をバネにして、やがて、生まれて来た意味を探してそれぞれのバイブレーションの型創る宇宙へと旅立ってゆく。
音楽であれ、映像であれ、文章であれ、同じような力を有するクリエイションが世の中に存在する。
私としては、このような力を秘めた絵を描くというとに天命のような意義を感じるが、重要なのは、根本にあるビジョン自体であり、また、より高い次元のビジョンへ到達していけるかどうかであろう。それには、この人生において様々な手段によって魂を磨き続ける以外に方法は無い。それは、まさに探究し発見を続ける修行の道である。それこそは私にとって真実を求める道であり己と宇宙との一体感を求める悟りへの道なのだ。
現在、我々の住む現実社会は、デカダンスに満ちて、カオスの様相を日々深めつつある。恐るべきスピードで破壊されてゆく自然環境、そして、様々な不正、矛盾、戦争.........。
それら次々と噴出する問題は経済と複雑に絡み付いて解決の糸口さえもつかみかねている。経済によってのみ自己の幸せを充足できるという幻想に囚われているかぎり、人類は本気でそれらの問題を解決するには至らないであろう。物質を手に入れることによって生じる素朴な幸福感を否定する必要はない。だが、その果てなき追求の結果に真の幸福が存在するのかどうか、各人が今一度立ち止まり、深い洞察力をもって考えてみるべき時はきている。
「価値観の多様化」という商売人の口車にのせられているのではないのか?深い意味での人間としての価値観とは全人類に共通でシンプルなものではなかったか?物質文明を全面的に否定などしない。
しかし、そこにはバランスというものが介在するはずである。精神と物質のバランスである。
そもそも人間とはただの物体としての肉の塊ではない。だから、人間社会においてバランスが大きく物質のほうに傾いた時、人々の間に精神性を求める動きが生じることはごく自然なことだ。それはいつしか忘れ去っていた魂の目覚めを渇望する行動にほかならない。己が魂の存在であるということに気付き、魂を磨くことに人生の価値を認めたときに生じるエクスタシー、至高感。それによってもたらされる高い精神性や優れた倫理性。それこそが我々が直面している地球規模の問題から、個人レベルの問題までを解きほぐすための原点となりえる。
法律や規則や道徳あるいは武力によって欲望を無理に抑制することでは不可能だ。
そう私は考えるのである。
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ガベージ・ファクトリー(中島修一著)
鹿児島県の南端に位置する宝海島。
残された美しい自然と素晴らしい波を求めて若者達が集まり始めていた。
ビーチバム(浜乞食)と呼ばれる彼等は、一般社会の枠組みからはずれた存在で、いうなればドロップアウトと称される者達であったが、高度成長の時代を経て、人類の進歩と調和を夢見た物質時代、飽食の時代を通り過ぎてきた彼等はもはやネガティブな落ちこぼれとしてのドロップアウトではなかった。
逃避としてではなく創造のためのドロップアウトであった。様々なストーリーを持つ者達の約束の地、それが宝海島であった。
しかし・・・
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ガベージ・ファクトリー映画化決定!
企画:夢成 真
原作:中島修一(/GARBAGE FACTORY )
総合プロデューサー:西村秀雄
協力:インディーズムービー・プロジェクト実行委員会
運営:GARBAGE FACTORY PROJECT&NEXSTAR PROJECT
製作・総合プロデュース:WEVCO Produce Company
★本映画制作は全く無名な北村龍平監督(VERSUS・あずみ)や山口洋輝監督(グシャノビンヅメ・幻影回路)等を世に輩出させた。完全次世代映画プロデュースチームのWEVCO
Produce Companyが担当します。 |
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